2016/01/30



SPACE CRAFT 2016-2017 (インターナショナルカタログ)
ビーニーはもちろん、Tシャツや、小物などなど。。。嬉。
2009年にSPACE CRAFTのシアトル本社ギャラリーでMADBUNNYのアートショーを開催してからずっと、お互いのアートやショーでセッションを繰り返している仲。
2010年〜 ONE BALL JAY(シアトル)からもMADBUNNY モデルのワックスや小物がインターナショナル展開していますが、それもあのショーがきっかけでした。
スケートボードやスノーボードを生業にする僕とって、
自分が子供の頃に憧れたシアトルのスノーボードブランドから
まさかの。自分のシグネチャーモデルが世界展開されている現状、
アメリカやヨーロッパ全土のショップで自分のモデルが普通に売られているなんて。
何より、自分のアイコンやアート作品が世界中の人の目に触れるという事は、
いつになっても最高に幸せな瞬間です。

2016/01/29

金さえ積めば誰でも手に出来るデジタル一眼レフの時代だからこそ。
頑張ってトライした事や、思いの 丈を写してるだけ= 感じる作品にはならない。と思っています。
片道2時間。昨日の夜中もトライたけど、志半ばでキックアウト。
もちろん、お互い。。。何か。。。納得がいかなかったらしく…
帰宅後、どちらからでもなく明け方までも電話でやりとり。
今日は朝からマイナス気温&小雪まじりの雨。確定だったけれど
2人の気持ちは、ここを残す事。
タカシはこのまま幼稚園に娘をお迎えに行き
僕はそのままプリント工場で生産ミーティングでした。
365日。これが僕らの生業。
今日も最高のセッションをありがとう。

2016/01/26

BYSDNTCRY. 
New Fragrance!!!
とっても可愛く出来ました。

2016/01/25

Martin Herrick(DEATH skateboardsの創設メンバー)
出合ったのは2005年。ロンドンのスケートパーク。
既に10年以上の付き合い。
彼はブタペスト出身で、鉄のオブジェを創るアーティスト。
現在、Martinが52歳で僕が41歳。
Martinは、今でもこうして、年齢や生活環境を言い訳にせず、
損得感情なしに僕の為にベストを尽くしてくれる人。
「Akiも歳取ったな。俺なんてもうお爺ちゃんだぜ」と言いながらも、
MeanWhile(London)のコンクリートパークの一番高いリップで
バックサイドボンレス。
いくら歳を重ねようが、生活環境が変わろうが、
ステッカー1枚、Tシャツを1枚でも渡されたなら。プロとして。
コーピングに食い込む日章旗のVANSがたまらなく乗れてる証。
もともと、こんなくだらない世界だから。
「友達にあてにされなくなったら終わり」を。
熟知しているからこそ、52歳でもアタックし写真を残して来る
メンタルが本物のプロフェッショナル。
僕が海外の「現場」で生き抜く為に学んだ一番シンプルで大切な事。
それは、規模が大きくても小さくても。
相手が必要としてくれたなら、精一杯トライする事。
海外で前進したい僕の選択肢に「NO」はない。
もしも相手の期待に応えきれる自信が無くても、
相手はそんなことを百も承知した上でのオファーなのだから
それは、1ミリも恥ずかしい事ではないという事。
頑張った結果。もし使われなくても。
自分にとっては、その瞬間に費やした葛藤やトライは次への経験。
プラスでしかない。
まずは、相手(仲間達)が自分をあてに(必要と)してくれてる事に感謝。
それに答えたい!という気持=行動こそが。一番大切な衝動のはずだから。

2016/01/22


連日、雪山とスタジオを往復しながら
現在60ページ以上の冊子を製作中。
山も街も。
とにかく自身の足で動き続けるからこそ最高に心地良い現場です。

2016/01/19

NEU(ノイ:1歳半)
ベルリン生まれなのに寒がり。
生まれてから2回目の雪を全速力で満喫中。

2016/01/18




スタジオも雪化粧。

2016/01/15

2016年。
お洋服のブランド(会社)を始めて18年目。
60型分の入稿&ミーティングを完了しました。
18年間もアパレルブランドをハンドリングしているので、
利益率の為に流動的な身のこなしもブランドとしては必要な事も十分理解しています。
安く作ってくれる工場も無数にありますが、
結局、クオリティは。それなりのレベル。。。
おっかないお父ちゃん職人や、もっと怖いお母ちゃん職人も沢山いますが、
僕は、これまで、いくら罵倒されても、喧嘩しても
自分のブランドに関わる工場や人(手)を18年間。一度も変えていません。
それは=パタンナー、生地問屋、製販、工場の方々とも18年来の人付き合い。
という事となります。
その一番の理由は。当時50歳だった職人も今や70歳ですが、
その手(技術)は、常に向上していて、今でも世界最先端だという事。
ウチの洋服を作ってくれているのは日本が世界に誇る最高の職人さん達。
という誇りがあるからです。
僕は、そこにとっても大きな意味があると思ってますし、
地元である「群馬」の織物プライド。だとも確信しています。
そしてそれは。互いの18年分のストーリーとスキルアップを熟知した上での空気感、
これまでに様々なハプニングを乗り越えて来た深い人間関係があってこそ。
という事も心底理解しています。
ブランドを始めてから18年間。
Tシャツに命がけ。なのが僕のルーツ。
ps / 18年前に始めて作ったレインボーのTシャツ職人さんは75歳で引退。
今でも飲み友達ですが。あのTシャツがどれだけ大変だったか。を
今でも毎回何百回ともなく同じ説教をされてます。嬉。
写真は。BYSNDNTCRY.を始めてから8年間着倒したTシャツ。
糸、染め、織り機、からこだわったTシャツは。今でも現役です。
メイドインジャパン・群馬の職人クオリティ!
2016-2017年シーズン。今年もよろしくお願い致します。

2016/01/10

今日は朝から。1月とは思えない最高の陽気でTakashiと撮影。
日々、ヴァージンスポットを探しては、
そこをどう料理して行くか感が、たまらないスキモノな2人。
Takashiが乗ってるデッキは、
この春発表されるTakashi Wadaシグネチャーモデル。
Yes!!!Takashi-men!!!
今日も最高のセッションをありがとう!